0609

兄が結婚する。

あっ、いや。結婚はすでにしていた。

籍はもう入れていて、正しくは式が挙げられる。明日だ。

 

式場が家からは離れているためわたしたち家族は近くのホテルを取り前泊することになり、遅くまで仕事が入っていたわたしは家族とは別で日付が変わる前にチェックインをすませた。近くのパクチー屋さんで夕食を済ませたらしい家族はもう休むところで、わたしは24時間営業のなか卯に入り親子丼を頼んだ。入ってすぐの窓際に腰を下ろす。昨日の夜塗りなおしたネイルは今日の仕事のせいか爪の端っこがところどころ剥げていた。

 

わたしは今のところ結婚願望はない。かと言って今の恋人と結婚したくないかというとそんなこともなく、このままうまくいけば、、くらいは考えたりはするが、いかんせん自分の仕事に自信がなく、そのくせ働き続けたいという気持ちはあって、そもそも彼にとってわたしは結婚相手としてはふさわしくないのだろうな、みたいなことをしばしば考える。もちろん結婚したいくらい好きだからつきあっているが、結婚という二文字はわたしの人生にはかなり遠い世界でピンと来ない。し、かりにするにしてもたぶん式は挙げずに旅行とか、おいしいもの食べるとか、何かを買うとか。そういうことにお金を使いたいなと思う。

 

明日は兄の結婚式。二人はすでに籍は入れているが、やはりそれでも、なんとなく、結婚するのは明日、みたいな。そういう感覚がある。

三者がそうなのだから、当人、というか奥さんのほうはそれ以上に〝式〟というものを、意識しているかどうかは置いても少なからず重要視しているしきっと世の女性の大半がそうなんだろうと思う。たぶんきっと儀式みたいなものだ。神前にせよ人前にせよ。誰かの・何かの前で誓いを立てるという行為は、なんとなく、届けを出すという紙切れだけの契約よりもはるかに強い契りに見える。ような気がする。

だって、それだけのお金を使ってそれだけの人を呼んで、みんなの前でこの人を一生愛すと誓うのって、けっこうすごいことじゃない…?まあ他人くらいの関係であれば別に、何年後かに離婚したって聞いても、「へーそうなんだ」くらいにしか思わないのかもしれないけど。でも、当人からしたら、決意表明なわけで。

今のわたしには到底できないことだなと思った。

 

式の前日という漫画がある。作者は穂積さん。さよならソルシエというゴッホの生涯をテーマにした作品で知った。式の前日は短編集で、冒頭には結婚式を控えた姉と弟のその前日が静かに描かれる。20頁にも満たない。

兄とは特別仲がいいわけではなかった。歳も離れているし喧嘩という喧嘩もせず一緒に学校に登校することもなく成長してきたので周囲の兄妹が仲良くしていたり、自分の兄と姉が喧嘩をしているようすを見て少しうらやましかったりした。のかもしれない。

 

頼んだ親子丼が目の前に置かれる。なか卯はこの時間になっても客の出入りがあって、サラリーマンが何人かいた。

入口の自動ドアが開閉するたびにごはんの上に乗った卵が揺れる。それを眺めていたらなんだかじんわりと目の奥があつくなる気がした。

 

明日は兄の、結婚式。